5月30日、東京ビックサイトの「ワイヤレスジャパン2019/ワイヤレスIoT EXPO 2019」で、株式会社インターネットイニシアティブ(以下IIJ)による「ワイヤレスIoTを支えるIIJのモバイル」と題した講演が開催された。IIJといえば、格安SIM「IIJmio」でおなじみのMVNO事業者だ。 そのIIJは2018年3月、他のMVNO事業者に先駆けて日本で初めて「フルMVNO」サービスをスタート。講演では、IIJの小路麗生氏が、フルMVNOの概要やメリット、MVNOとの違いなどを解説するとともに、およそ1年間の法人向けサービスや実証実験の運用で培った事例や今後の展開などを紹介した。
株式会社インターネットイニシアティブ MVNO事業部 小路麗生氏
フルMVNOとは?
IIJは、2008年1月にMVNO(Mobile Virtual Network Operator)事業をスタート。現在は、およそ274万回線の契約数を誇る日本トップクラスのMVNO事業者で、長年業界をリードしてきた存在だ。 そのIIJをはじめとした、各MVNO事業者は、ドコモやau、ソフトバンクなどの通信キャリアから無線インフラ設備を借りることにより、エンドユーザーに格安SIMを提供している。MVNOや格安SIMについては以下で詳しく解説しているので、おさらいしたい方は合わせて参考にしてほしい。 格安SIMカード 超入門ガイド:「格安SIMとは何か」からメリット・デメリット、種類と選び方、使える端末、注意点まで そしてIIJは、2018年3月に日本初となる「フルMVNO」としてサービスをスタートした。小路氏は、フルMVNOとMVNOの違いについて、次のように説明する。 「MVNOは、大手通信キャリアの設備を間借りして格安SIMを提供していますが、借りられないリソースもありました。それが、『加入者管理機能(HLR/HSS)』です。今回IIJは、フルMVNOとして、この加入者管理機能を自前で用意して運用をスタートしました」(小路氏)。
フルMVNOのメリット
「加入者管理機能」とは、契約情報を管理するデータベースで、格安SIMに紐付いた電話番号や契約内容などの情報が登録されている。 MVNO事業者は、大手キャリアが管理する加入者管理機能にアクセスすることはできず、定められた仕様のSIMカードや通信プランしか提供できない。しかし、IIJが加入者管理機能を用意してフルMVNOとなったことにより、さまざまなワイヤレスネットワークを管理できるようになり、以下のようなサービスが提供できるという。
フルMVNOには、さまざまなメリットがある
多彩なプランが提供可能に
従来のMVNOでも提供できていた定額プランやシェアプランはもちろん、「通信のON/OFFを時間帯によって切り替える」や「上り通信に特化」、「ISDNからの乗り換えるユーザー専用」など、IIJ発の柔軟な契約プランの提供が可能になるという。
SIM利用のON/OFF切り替えが可能
加入者管理機能があれば、SIMのON/OFF切り替えがIIJの管理画面から容易にできるようになるという。 例えば、従来は、契約をして店頭でSIMを受け取ると即日利用開始扱いとなっていた。これが、ユーザーはSIMを受け取っても、スイッチを押すまでは、月額課金がスタートしないなどのコントロールができるようになる。 このコントロールは1日2日の話ではなく、1年や2年先でも問題ないそうだ。また「今月は使わないから通信を切断する」といったように、一時休止期間を設けることも可能だ。
SIMの形が柔軟に
MVNOでは、間借りしているキャリアのSIMを借りてユーザーに提供していたが、フルMVNOでは、IIJが独自にSIMを作ることができる。 例えば、端末に合わせて標準・マイクロ・nanoの各サイズに切り取れる「マルチFF SIM」や、IoT機器などに組み込める「チップSIM」など、用途に合ったSIMを柔軟に選択することが可能になる。詳しくは後述するが、現在IIJでは、このチップSIMを使ったIoTサービスを充実させている。
チップSIMは、小型で耐久性が高く、様々な機器に組み込むことができる。ON/OFFの切り替えが容易になったことで、例えば、チップSIMを導入したIoT製品を設置する際、テスト利用時に一時的にONにして、一カ月後の本番稼働まではOFFにしておくといったコントロールが可能になった。 また、使っていない時期でもSIMを取り外したり契約を解除したりする必要がなく、契約料金も抑えられるので、いざという時に使う防災機器などでも、SIMを入れたまま長期間保管できるわけだ。 IIJのブースで展示されていたチップSIM(左)。フィルムのように巻いて、数百枚単位で納品できるという(右)
フルMVNOで提供されるサービス
フルMVNOをスタートしたIIJは、これまで法人向けのIoTサービスを充実させてきた。小路氏が紹介したシスコのレポートによると、2022年には、インターネットとつながるIoT機器が、世界でおよそ39億台に達するそうだ。 現在、特に需要が高いのが、監視カメラだという。IIJで提供しているチップSIMを搭載した監視カメラを設置すると、映像はIIJのIoTサービス「IoTプラットフォーム」に蓄積され、離れた場所からスマホやパソコンのブラウザで閲覧できる。
IIJのブースでは、監視カメラなど法人向けのサービスが紹介されていた
IIJでは、企業と連携したIoTの実証実験もおこなっている。農業分野では、水田に水量や水温を計測できるセンサーを設置。遠隔で監視で水量の調整が可能 IoT以外には、iPhone XSなどで利用可能な「eSIM」のサービスを現在開発中だ。物理的なSIMの差し替えが不要で、契約者情報をオンラインで書き込むことができる。 時期は明言しなかったが、間もなく法人向けサービスからスタートさせるという。ちなみに、5G関連でIIJとして発表できるサービスは今のところないそうだ。来年から商用化はスタートするものの、普及にはまだ時間がかかると小路氏は見ている。 先ほど紹介した39億台のIoT機器も、接続の内訳は4Gが54%に対して、5Gは3.4%に留まるというのがシスコの予測。「現在は『5G前夜』という位置付けで、IIJとしてはサービスを検討している段階」と小路氏は話す。
SIMを搭載できる機器がずらりと並ぶ
IIJが描くフルMVNOの未来像
クラウドやセキュリティなどのサービスを一括で提供できるのが強みだ 小路氏は、IIJが描くフルMVNOの未来像について「One Cloud」というキーワードを挙げた。 「IIJは、日本で初めて商用のインターネットサービスを始めた企業として、これまで、モバイル以外にもクラウドやセキュリティなど、インターネットを中心にさまざまな事業を展開してきました。IIJは、そのノウハウ持って『One Cloud』でサービスを提供できるのが強みです。今回のフルMVNOを機に、IoTや格安SIMなど『IIJに頼めばなんでもやってくれるよ』と言われるようなサービスを開発していきたいと思っています」(小路氏)。 IIJと聞いて私たちが思い浮かべるのは格安SIMだが、さまざまな形態のSIMや柔軟なサービスを提供できるようになったことで、今後はIoTの分野でも存在感を増していきそうだ。 今回は、法人向けのサービス紹介が中心だったが、フルMVNOによる、eSIMの提供や料金プランの拡充など、コンシューマー向けのサービス展開にも大いに期待したい。
構成・文:藤原達矢 編集:アプリオ編集部